信長は尾道で殺された!

尾道のもうひとつの裏の顔

尾道に西国寺という寺がある。西国一の大寺であり、国の重要美術品(文化財)の宝庫であり、真言寺醍醐寺派の準本山である。

今、徳島大学の学者グループで、この寺の「古文書」が解読されている。

その中で、織田信長の調伏がこの大寺で行われた、とある。調伏とは、人を呪い殺す「真言密教の術」である。

今でも、昔からでも真言密教は、どろどろとした人間の最も暗部の欲望を開放する宗教である。人を生かすことも、人を殺すことも宗教の重大な役目である。後醍醐天皇の南朝はあの吉野山で、又、京都の各大寺で、北朝の光厳天皇を呪い殺す”調伏”を行った。

この”調伏”の儀式がすごい。これを見たものは、人間の欲望の強さを、怨念の恐ろしさを感じるはずである。だから信長は光秀に本能寺で殺されたのだ。これこそ西国寺の偉大さを証明するものではないだろうか。

徳島大学の学者グループが今だ解読進行中で、もっと不思議なことが発見されるであろう。

西国寺

西国寺

(続きを読む…)

Popularity: 29%

Recently:

View also in

戦国時代

<信長は尾道で殺された>その2

明智光秀は帝の命により信長を殺したという証拠が最近数多く出て来ているが、西国寺で真言密教の高僧によって秘密の「調伏」が行われたのは事実である。

お寺にある古文書の解読によって徳島大学の先生が立証された。

又、この西国寺は醍醐寺派の準本山格であり、古くは1081年(永保二年)白河天皇の勅願寺となり、後白河天皇から1166年(仁和元年)、帝の菩提の修行の命が下ったお寺である。

京都の本山は天皇との関係が深く、現、門跡様は尾道の西国寺出身である。

Popularity: 44%

古代

尾道に「天の岩屋」がある!! <歴史都市尾道の謎>

天の岩屋

日本書紀、古事記に記されている「天の岩屋」または「天の岩戸」。これが尾道に隠されていたのだ。

尾道には四箇所に、巨石による遺跡がある。

尾道は3つの山に囲まれた街だが、それぞれの山、千光寺山、西國寺山、浄土寺山には玉の岩と鏡岩、タンク岩、不動岩があり、尾道の街を守るかのように配置されている。

そして、この三箇所の岩が見ている先には、尾道の向かいにある島、向島の岩屋山にある岩屋巨石がある。はるか古代に、このような巨石をそれぞれ山の上に配置した人物とは、当時のかなりの権力者だったと思われる。

 しかし一体何故、このような遺跡を残したのか、そして遺跡を造らせた権力者とは何者なのか、 この謎を解明しようとなさっているのが、尾道大学の稲田教授である。

Popularity: 32%

近代

“恋多き女、林芙美子”-尾道ゆかりの人-

あじさい

6月、梅雨空に咲く紫陽花(あじさい)を林芙美子は好んでいた、ということで、 6月は「紫陽花忌 」と云って「林芙美子を偲ぶ会」が開かれている。

林芙美子にはれっきとした手塚緑敏(通称ロクさん)という夫がいながら恋人が沢山いた。そのうちの一人に、シベリア鉄道一人旅でヨーロッパまで会いにいったこともいる。

戦後あるルポライターが2週間かけてシベリア鉄道に乗ってヨーロッパに行ったが、心細く心配で辛い旅だったと語っていたが、恋に身を焼く芙美子にとってはわくわくする旅であっただろう。

しかし、この芙美子よりもっと凄い女性がいた。芙美子の母である。

Popularity: 26%