「春雨じゃ濡れていこう。」尾道縁の文学者、行友李風

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行友李風(ゆきとも りふう,1877~1959)

「春雨じゃ濡れていこう」、と傘もささずに飲屋街を歩くと「月形半平太」「行友李風」は忘れられても、この言葉だけは我々の口に残されている。

額に月形の傷を持ち、正義の味方、月形半平太を生み出した男こそ行友李風(尾道市土堂生まれ)である。

この月形半平太は、幕末の坂本龍馬の先生であり、同士でもある武市瑞山(武市半平太,1829-1865)がモデルであるとされている。武市は幕末、土佐藩郷士、剣道に優れ、江戸桃井道場の塾頭を務めた男。

何せ「かっこ良い」この月形半平太の生みの親が尾道の生まれであり、若くして藍商の家業を継ぐが破産、大阪に出て新聞記者になる。沢田正二郎の新国劇の専属作家になり、数々の名作を発表している。

「国定忠治」の「~赤城の山も今宵かぎり…」の名セリフ、そして「新撰組」、「天保水滸伝」など、数知れず名作を作った人である。

尾道在住、畠中美恵子氏(文化財保護委員)の行友李風の小論文がある。

行友氏は1959年大阪市で亡くなられている。畠中氏がお悔やみを申し上げると、遺品などを尾道に送られたということである。

いつか尾道で"行友李風を偲ぶ会"を開いてほしいし、この文芸作品の普及版が出ることを望んでいる。

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