<信長は尾道で殺された>その2

明智光秀は帝の命により信長を殺したという証拠が最近数多く出て来ているが、西国寺で真言密教の高僧によって秘密の「調伏」が行われたのは事実である。

お寺にある古文書の解読によって徳島大学の先生が立証された。

又、この西国寺は醍醐寺派の準本山格であり、古くは1081年(永保二年)白河天皇の勅願寺となり、後白河天皇から1166年(仁和元年)、帝の菩提の修行の命が下ったお寺である。

京都の本山は天皇との関係が深く、現、門跡様は尾道の西国寺出身である。

秀吉に愛された「醍醐の花見」が行われた醍醐寺。徳川家康は秀吉の遺産は全て破壊したがこの醍醐寺には手をつけなかった。手がつけられなかったと思う。

明智光秀は”帝の命により信長を殺した”。という証であろう。

京都で大胆に「調伏」が行われていない。”尾道の西国寺で帝の命により信長を呪い殺した”。というのが真実だろう。

信長は人ではなく、悪霊の化身であり、仏法は人を生かし、悪霊から身を守るための秘法であるのであろうか。

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